看護・ナース

看護師には簡単になれる?いいえ、こなような苦労があります。

こんばんわ、2日ぶりの更新です。

 

いつも通りの更新リズムですね (笑)

仕事から帰ってきて、子供のことなどいろいろやっていると

つい寝落ちしてしまいます。

今日は僕の職業でもある看護師 にはどうやったのか書いてこうと思います。

僕ですが 今でこそ15年くらいのキャリアがありますが、看護師までめちゃくちゃ

苦労しています。

看護師になるための道のりは簡単ではない

看護師になるまでとしての流れとして

資格をとる方法は看護大学、専門学校、通信などいろいろあります。

実際に中学を卒業していれば、専門学校の受験資格があります。

中卒後、看護専門学校を受験して合格するか、中卒後に看護科がある高校へ進学

するが最短の道だと思います。

僕は工業系の高校を卒業してから、専門学校で2年(准看資格 取得)

その後もう一度、別の高看の学校の試験を受け3年後、看護師資格を取りました。

なので高卒後、5年の時間がかかっています。もちろん留年してしまうともっと

延びてしまいます。

僕が苦労した理由は まず看護師になりたくありませんでした 

工業卒だった僕は飛行機関係の職場に内定していましたが、県外就職という点で

親と意見が合わず、また長男でもあって地元に残ることになったのが看護師人生の

始まりでした。

当時の僕は看護学校をダサいと思っていましたねー (笑)

朝起きて、そのままの服装で登校していました。パジャマみたいな・・・

 

またクラスは確か45人くらいいて、男性は3割くらい?女性が多く今となっては

若気の至りといいますか、反骨心を持っていました。

そして自慢ではないですけど僕が一番、看護師に興味がなかったと思います。

卒業後には恩師から 「一番心配していた」 「何で看護学校にきたのか」 なども言われました。

 

看護学校の生徒の年齢層は様々で、50代の方もいました。

年齢が高い人程熱意を持っているというか、とにかくみんな一生懸命なんですよ

「看護師になるんだ!」 との想いがひしひし伝わっていたなーと懐かしいですねー・・

僕にとってあの頃は、ただただ苦痛な毎日でした。

僕がなんとなく変わってきたのは、准看1年の終わり頃です。

「いつ辞めてもいい」「適当に働こう」と思って、 中型バイクの免許をとりにいっていました。

バイク免許の試験は日にちや時間がきまっており、普通に学校の授業時間とかぶって

いることもありましたが、バイク優先で教習はさぼらなかったけど、看護学校の授業の度に遅刻してましたね!

 

当時の僕は一番やる気もなかったし、クラス内でもそう見えていたはず・・・

遅刻連発で絶対みんな「こいつ終わったな」 そういう目でみていたはず (笑)

しかし、あの鬼のような教員(担任)が遅刻の届けの際に、1度も怒らず登校した

から安心した。 と言われたことがありました。

なんとなく、その辺から基礎ができていった感じがします。

 

2年生の実習では、グループのリーダーもやりとげ「卒業」 晴れて准看免許を取得

あと看護師になるまでの3年は、高看コースの別の学校に行きましたが、准看として

他の病院で働きながらの学校でもあり、わりと真面目にやってました。

そして 3年後 国家試験合格 晴れて看護師

みたいな (#^.^#)

書きながら懐かしんでしまいます。 1番やる気がなく、看護師になりたくない人間が

今では自分でいうのもなんですが、ベテランの領域に近い看護師なのです。

 

ここからは、決まり文句になってしまいますが・・・とりあえずは学校をやめなくてよかったこと、僕を見捨てなかった教員達に感謝しています。

 

看護師になっていなければ、今の嫁、子供達とも出会えてなかった。

 

そして今、僕が建てた家は当時、死ぬほど嫌だった准看学校のすぐそば

学校は准看専門だったとかの理由で最近 閉校になってしまいましたが・・・

 

あの教員達は今頃どこで何をやっているのか、卒業以来あってませんし。

こんな感じで今日は終わります。

今でも看護師歴15年あっても、毎回看護師っぽくないと誰からも言われます。

しかし、僕を見捨てなかった恩師、支えてくれた仲間に感謝です。